今回は「バブルの崩壊と銀行金利の変遷」についてです。
目次
1.初めに
前回の記事で、年利や金利の説明をするついでに銀行の仕組みについても解説しました。

なので、ついでにバブル崩壊とは何だったのかという話と、バブル崩壊前から現代にかけて銀行の金利はどのように変化したのかをまとめてみました。
FPとしての知識からはちょっと離れた話になってきますが、中々面白い内容にはなっていると思いますよ?
このように、FPに若干掠ってるけど微妙に脱線して範囲外になっているような内容もたまにまとめるので、気が向いたら暇つぶしに読んでみてくださいな。
2.昭和~バブル崩壊~令和までの銀行金利の変化
銀行金利と言っていますが、銀行の利率はほぼ年利を指すので、ここでは年利として語っていきます。
1955年~2025年の昭和~平成~令和にかけて、年代別に銀行金利がどのように推移していったのかについて見ていきましょう。
平成~令和生まれの方は絶望すると思いますよ(笑)
昭和30〜40年代(1955〜1975年頃)
昭和30〜40年代(1955〜1975年頃)は国民所得倍増計画を推進していた時代で、普通預金や定期預金の年利は6〜7%程度ありました。
もうこの時点で驚愕ですよ。
この頃は広告で「5年で4割増える」と謡っているようなものもあったようです。
確かに、100万円を年利6%で運用したら、5年後には100万×1.066≒134万円になりますからね。
嘘は言っていません。
これだけ安定して増えるなら夢がありますよね。
ちなみに、国民所得倍増計画というのは、国民の生活水準を西ヨーロッパ先進国並みに引き上げるために打ち上げられた「10年間で国民の所得を2倍にする」という長期経済計画のことです。
この政策により、高度経済成長を本格化させ、日本を世界有数の経済大国へ押し上げるのに成功しています。
10年間で所得2倍という目標も、7年で達成しています。
新幹線開業とかもこの頃の話です。
どこかの増税しかしなかった眼鏡やおにぎり🍙の汚い食べ方しか話題にならなかった人は見習ってどうぞ。
昭和50年代~平成初期(1975〜1990年代初頭)
昭和50年代(1975〜1985年頃)は、郵便局の定期預金で年利7%~8%にまで達しています。
10年預ければ元本が倍になる水準です。
ほんと頭おかしいですね。
昭和60年代〜平成初期(1985〜1990年代初頭)になってもほとんど年利は変わらず、この頃がバブル経済期に当たります。
銀行の定期預金で年利6%程度、まだ高水準ですね。
1989年12月29日には日経平均株価(流動性が高くて代表的な企業225社の株価をもとに算出される株価指数)が38,915円という史上最高値を記録しています。
年利も高いし日経平均株価も高いし、イケイケな状態になっていますね。
まあ、背景では大変なことになってたんですけどね。
バブル崩壊・景気後退期(1990年~1993年頃)
1990年頃から、夢のような状態が一変します。
1990年1月から株価が急落したのです。
所謂バブル崩壊の始まりです。
何が起きたのかと言うと、日本銀行による公定歩合の急激な引き上げ、不動産の総量規制や税制強化による土地投機の抑制、株価・地価の過熱に対する金融引き締め政策などが同時発生しました。
なんでこんなことをしたのかと言うと、バブル全盛期の1980年代後半の株価・地価などの異常な高騰を抑えるためです。
そもそもなんでバブル全盛期を迎えていたのかという話になるのですが、これは過度な金融緩和によるものです。
1980年頃、日本は円高で輸出産業が大打撃を受けて不況に陥っていました。
そこで、景気を支えるために日本銀行は公定歩合を引き下げ、1987年には2.5%という戦後最低水準に据え置く決定をしています。
金融緩和をせざるを得なかったのです。
とりあえず、誰でも低利子でお金を借りれる状況、貯金・株式取引・不動産取引をすればするほど儲けられるような状況になっていたと思ってください。
こんな状況になると、ある人たちはこう考えます。
『借金して株式・不動産を買い漁れば、莫大な利益を得られるのでは?』と。
今でいうFXでレバレッジかけたり信用取引するようなものです。
本来自分の貯蓄では投資できない金額を借金をすることで投資し、それ以上の儲けを叩き出そうと考える連中が現れたのです。
その結果、株価・土地代などの資産価格が異常な高騰を見せ、将来的にインフレ(モノやサービスの値段が全体的に上がっていく状態のこと)が視野に入るレベルになりました。
そこで、上がり過ぎた景気を抑えるための政策を施したのです。
ただ、それらの政策が同時発生してしまい、想定以上の効果を発生させ、経済が一気に低迷してしまいました。
先程述べた政策がどんなものなのかを簡単に説明すると、銀行からお金を借りづらくなり、不動産は買いづらくなった上に保有量の規制と固定資産税などの保有にかかる税金を増やされ、株式取引は信用取引の規制と取引時の税金の割り増しが行われました。
その影響で、株式や不動産に投資する余裕も旨味も目減りし、投資額がごっそりと減りました。
そして、株式や不動産への投資額が減ることにより、株や不動産などの資産価値が急落してしまったのです。
バブルの過熱を抑える狙いだったのに、結果的に投資や消費を一気に冷やしてしまい、景気が後退してしまったんですね。
これがバブル崩壊の内情です。
そんな動きが1990年から始まり、1991年に本格的な不況に陥りました。
特に、1991年3月から1993年10月までは景気後退期なんて呼ばれています。
そんな時期に産まないで欲しかったかな…。
日本銀行による公定歩合の急激な引き上げの補足説明
公定歩合とは、日本銀行が民間の銀行に資金を貸し出すときの基準金利のことです。
※日本銀行は、「銀行の銀行」として民間銀行に資金を供給している銀行です。
バブル崩壊前までは、普通預金や定期預金の金利・銀行の貸出金利などが公定歩合に連動していました。
金融政策として、公定歩合で景気調整・物価安定をある程度操作可能になっていたのです。
1980年頃に不景気を乗り切るために公定歩合を2.5%まで引き下げたと先程説明しましたが、お金を貸し付ける際の金利を下げることで、市場にお金が回るようにしたかったということです。
そうしたら逆にお金が市場に溢れてインフレしそうになってしまったので、1989年〜1990年にかけて公定歩合を2.5%→6%台に引き上げました。
日本銀行が市中銀行に貸し出す際の基準金利を2.5%→6%台に上げたということです。
その結果、世の中の金利全体を引き上げられました。
要するに、お金を借りづらくして景気を冷まそうとしたのです。
そこに不動産や株式の締め付けも重なって、緩やかなブレーキをかけたかったのに急ブレーキになってしまった…それがバブルの崩壊ということです。
客観視すると、何とも間抜けな話ですよね。
現代まで(1994年頃~2025年)
バブルの崩壊から2025年現在まではまとめて紹介していきます。
というのも、バブル崩壊して日本経済が終わってからは、「失われた10年」・「失われた20年」・更には「失われた30年」と呼ばれる長期停滞期に突入しています。
基本的に銀行の年利は下がったままなことに変わりはないんですよ。
今の銀行の年利を見ればわかるでしょう?
未だに条件付きで良くて1%くらいの年利が限界ですからね…。
一応どんな感じだったのかは順を追って説明していきます。
まず、バブル崩壊直後の1990年代前半では、まだ銀行の金利は5%程度ありました。
ただ、景気の悪化が深刻化するにつれて年利はどんどん下がっていき、1995年頃には0.5%程度まで落ち込んでいます。
そこからも下がり続け、1999年にはゼロ金利政策なんてものが始まります。
銀行の年利は0.1~0.2%程度に落ち込みました。
現代でも言えますが、貯金していてもほとんど意味の無い時代の始まりです。
一応、お金をほぼ無利子で回すことで景気を刺激する緊急措置なので、デフレ回避に一躍買った重要な政策ではあるのですが、しっかりと他にしわ寄せが来てるんですよね。
2000年~2010年頃は超低金利時代に突入し、銀行の年利は0.1%が普通になります。
100万円貯金したら、1年後には1,000円増えます。
お小遣いかな?
そこから少しずつマシになって現代・2025年まで来ちゃってるわけです。
年利0.5%程度まで回復していますが、全盛期と比べると1/10以下ですからね…。
そんな貯金だけではどうにもならない世の中だからこそ、iDeCoやNISAのような個人で備える預金・投資の制度が充実してきているというわけです。
昔のようにとりあえず貯金しておけば資産が増えるわけではないので、自分で何とかしてねということです。
そして、自分でどうにもできなくなった人がFPに頼るというわけです。
需要と供給はこうして成り立ってるんですね。
ゆくゆくは株とかの情報もまとめますよ。
自分ルールの儲け方は教えないけどね。
よくあることですが、本当に重要な儲け話は人には教えないものですからねー。
以上、「バブルの崩壊と銀行金利の変遷」についてでした。


